ハヤリズム

MARCH大学生がシンプルな文章に美しい写真を添えて綴る雑記系ブログ

予備校入るまで何をやるべきか。僕が河合塾に入るまでにやったこと。

Introduction

この記事を書いている現在、僕は大学2年生。 

 

一浪して感じることは色々とあり、それについては今度また書こうと思いますが、志望校を決めるところから、高校を卒業してから、予備校、僕の場合は河合塾に入塾するまで何をやっていたか、そしてそれはどうだったのかというのを現在から見て書こうと思います。

 

高校卒業して、予備校に入るまでってなかなか不安だと思いますが、これをみてちょっとでも気が休まればと思います。

 

 

 

 

志望校決定から入試前まで

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軽く僕の受験事情をお伝えします。

高校入ったはいいものの、大学入試っていうのはなんとなく"やんないといけないなぁー"くらいで、そこまで本気ではありませんでした。

 

そこから色々あってだいたい2年生の夏くらいに本格的にMARCHを受験することに決めました。

 

その時点で、模試の判定はDかCとまだ2年生ということを考えれば、全然現役合格を狙えるところでした。

先生とか親とか友達とも相談し本気でMARCHを目指すことにしました。

 

僕の高校は田舎の自称進学校と呼ばれるようなところで、うちの学校からMARCHに行く人はもっぱら指定校推薦で、とても一般入試では受からない人ばかりでした。(聞いたらうちの学校から指定校でMARCH行った人の模試の偏差値50いかないくらいなそうな)

 

良くても、数年に一度地方の旧帝国大学に一人か二人合格するレベルのところです。

 

都会の方とか首都圏の方の高校だとMARCHは滑り止めか標準レベルくらいでしかないのかもしれませんが、うちの学校でMARCHというと最高レベルの大学になるわけです。

 

"俺そんなとこ行ったら、やばくね?"くらいの感じで勉強をし始めました。

 

 

まぁ、そこから学校の夏期講習とか課外授業とか、自分で勉強とかはしませんでした。

 

いうても、多少はやってましたけど、受験勉強というレベルでは到底なく高3の夏前くらいまでは、全然本格的にはやってなかったです。

 

本格的にやばいと思い始めたのは高3のGWくらいで、模試の判定がいまだに最高Cしかなかったわけです。

 

あと1年後に本当に大学生になるのか?(2年かかりました...)という、漠然とした不安の中、ぼんやりとしていた受験が本気でやらないといけないなっていうことになってきました。

 

やると言っても、とりあえず赤本を買って漠然とといて答え見てっていう、今考えるとダメダメな勉強法とか、とりあえず英単語を覚えるとかでした。

 

僕が住んでいたのは田舎だったので、大学受験のための塾とかないですし、もう高校が全てだったんですよね。

 

さすがにということで、夏は高校で行われた夏期講習とか課外授業とかをたくさん受けました。

ほぼタダということで、それは良かったですけど、いかんせんレベルが低いのでやっても全然成績は伸びませんでした。

 

 

あっという間に時間は過ぎて、冬休みも直前の

 

最後の模試の結果もC判定で、あと2・3ヶ月後に迫ってる受験本当に乗り越えられんのか?

もしかして、受験なんてないんじゃね?なんて錯乱状態に陥ったりもしてました笑

 

 

冬休みも、冬休みが明けてすぐの春休みもすごく勉強をしました。

今思うと、どんだけやったところで勉強法が解いて答えみてみたいなダメダメだったのでどんだけやっても伸びなかったっていうのもあるかもしれないです。

 

ネットをみてると、C判定からの逆転とか、D判定でも受かるとか、A判定でも落ちる人は落ちるとか都合のいい記事ばかりをみて元気付けられて来たる受験に望みました。

 

受験の頃

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受験会場は家から1、2時間と比較的近いところだったんですけど、雪が降ることもあるので、一応念には念をということでホテルに泊まりました。

 

そこでも勉強したりと、今では考えられないですね笑

 

それまでに使って来た付箋のたくさんついた赤本をお守り代わりに受験会場に向かいしました。

 

僕は滑り止めなしで本命の大学しか受けなかったので、トータルの試験回数は2回。

難しかったけど、行けたかもしれないと願いながら家に帰りました。(もちろん落ちていたわけですが...)

 

 

その試験から1、2週間後くらい、受験から完全に解放されて、何もやることのない日々を楽しみ謳歌していた頃、成績発表の日が来て、WEBで受験番号を入れて結果を見ることにしました。

 

番号を入れて、クリック、"不合格"の文字

 

あのシステムよくないですよね。一瞬クリックしただけで、成績がわかるって。

めんどくさいかもしれないけど、昔みたいにわざわざ大学に行って、ボードに張り出された自分の受験番号見て、"合格だー"だの"不合格だー"だの、そっちの方が実感があります。

 

 

何はともあれ、不合格&浪人が決定しました。

 

うちの地域は高卒も結構いましたけど、僕が一人にはなりたくないという強い気持ちがあってので、唯一の選択肢である。浪人が確定しました。

 

親に不合格を伝えるのも、予備校にお金出してもらうのも大変なものでしたけど、そこは何とかなりました。

不合格確定から1、2週間は"絶望"状態で何も手につかないって感じでした。

 

受験は終わりましたけど、高校の卒業式はまだ終わっていないので、浪人確定で卒業式を迎えないといけないというのは何とも過酷なものでした。(死んだように卒業式を受けました。)

 

予備校を決めるまで

都会の方の事情はあまり知らないんですけど、うちの仙台エリアには主に3種類の選択肢がありました。

 

・河合塾に入るか ・駿台に入るか ・東進とかちょっと小さい予備校に入るか

 

結果的に僕は長いものに巻かれ河合塾の見学にしかいきませんでした。

 

それぞれ多少の違いはありますけど、結局実力の勝負になって来るので、その面で長年の蓄積で環境の揃っている河合塾にしたのは成功のように思います。(河合模試もタダだし)

 

予備校が決定したら、書類系とかお金を払ってもらいました。

(そこは親に任せました)

 

予備校決定後

河合塾に決めたのは3月初めくらいで、入塾は4月10日くらいからなので、約1ヶ月間の空きがあります。

 

この間に、受験になぜ失敗したのかを分析して、ウィークポイントの改善のために問題集を買い込んで、毎日10時間くらい勉強。ということはありませんでした。

 

約1ヶ月の間に、河合塾での試験とかもあるので完全にやっていないというわけではないですけど、ほぼ勉強はやらなかったと思います。

(勉強から解放されたかったし...)

 

映画を観たり、散歩したり、いつもは見れない昼の時間帯のテレビを観たりとか割と楽しい時間ではありました。

 

 

オススメはできないかもしれないですけど、僕は、1ヶ月後に始まるラストチャンスのためにあまり勉強をせずに息抜きをしたほうがいいと思います。

ただ、そこでダラけるだけではなくて、来年こそ絶対に受かるんだという気持ちを忘れずに持つことが大切です。

 

 

 

まとめ

今思えば、予備校の1年というのは、決して無駄な事ではなく、これまでの人生の中でも忘れることのできない中身の詰まった1年になっていると感じる。

 

浪人したことは、失敗ではなく、成功ですらあると本当に感じます。

 

ですが、流石に2浪はきついですので、しっかりと1年間勉強すること、その為の休息としても、予備校に入るまでは、ゆっくり休むのがいいと思います。